どうしてチュラキューブって名前なんですか?
と中川に聞いたことがあります。
今日はそんなチュラキューブのはじまりをご紹介します。
少し長いですが、ぜひみなさんに知って頂ければと思います。

【チュラキューブのはじまり】

2004年6月から2006年7月までの約2年の間、
大阪・大正駅の心療内科「ほくとクリニック」の中には「大正CHURA CUBE」というギャラリーがありました。

沖縄の言葉で“美しい”
という意味を持つ「ちゅら」という言葉。
ギャラリー空間という“箱”という意味の
「キューブ」。

この2つの言葉を組み合わせ、

「美しいモノが集まる場所」という想いを込めて、
その空間は「CHURA CUBE」
(チュラキューブ)と名づけられました。

心療内科の中にある
10m×10m×高さ6mという巨大な空間。

心に“病”を持つ人たちと、作品を作る人たちと、展示を観に来る人たちが
1つの場所に集まれるこの場所では、約2年の間に、50以上のイベントが開催されました。

■作品を作り続けることが、人を街を育てていく

演劇やアート活動を続けている人、
クリエイティブを仕事にしている人は、
いつでも「継続」と「限界」の狭間にいます。

お金を生み出していかないと、
作品を作り続けていけないし、

観てくれる人を獲得していかないと、
自分の価値も上がっていかない。

その狭間の中で、
「クリエイティブ」の仕事や活動から
離れていってしまう人や、
大阪から東京に活動の場を移してしまった人を
僕らは何人も目の当たりにしてきました。

『クリエイティブを仕事にしよう!』

『元気がないと言われている関西を
人やアートで元気にしていこう!』

この想いを実現するために、
新しい『CHURA CUBE』チームができました。

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